常陸の国での一枚


先日、ちょっとばかり常陸の国の佐竹というところにお邪魔しました。
たまたま古いお社を発見しまして、
苔むした参道を歩いていましたら、
なんと紫陽花が咲いているではありませんか!
お社といい、鄙びた参道といい、
そして季節はずれの紫陽花といい、
どっぷりと、日本を感じてしまいました。


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テーマ: 季節の花たち - ジャンル: 写真

コメント

  • 2016/12/21 (Wed) 21:58
    No title

    小生がガキの頃、秋に学校の桜が満開になって新聞に載ったことがありまして、異常気象やなぁと思っていたのですが、今では毎年異常気象ですもんね...なんてことを毎年毎年話すようになって一体何年経つことでしょうか。異常気象でない年のほうが異常だという、笑えない話になっております。

    冬というものは、もっと厳しさがありましたよね。皆半ズボンでしたから、太腿のスレるあたりなんか像の皮みたいになってた子も大勢いました。冬は木枯らしが吹く中、凍えていても皆と缶蹴りや鬼ごっこをしていれば知らぬうちに暖かくなってくるものだし、外から凍えて帰ってきても、一家で鍋をつついていればいつの間にか暖かくなる。そんな厳しい冬だから、こそ湯船に浸かるのは楽しみでもあったのですが...今日はシャワーでいいか、ガス代もったいないし、なんて言いたくなる今日この頃であります。

    そういう厳しい冬の寒さを世界を知らない世代が、人口の半分近くを占めるようになってるわけで、いやはや冬が一番すごし易い季節になるのも、そう遠いことではなくなるかもしれませんぜ。

  • 2016/12/23 (Fri) 22:47
    隊長殿

    隊長といったいどのきらい年の差があるのか、
    もうとっくに忘れてしまいましたけど、藁、
    わたしらが小学生の頃は、男の子は半ズボン以外はいていなかったですよね。
    たまに長ズボンはいていたりすると、
    病人扱いされたりして、汗。
    半ズボンから出ていた足は、
    赤くてカサカサで、それでも走り回っていましたっけ。
    缶蹴りもよくやりましたが、
    「けいどろ(警泥)」とか「どこ行き」なんていうゲームもしてましたし、
    学校ではやはりドッジボール(めちゃぶつけ)ですかね。
    今時のように、野球チームとかサッカーチームなんぞなかったなあ。
    塾に行く子供なんて、優秀で私立目指すやつだけで、
    我らは、みんなどこかで遊ぶことしか考えていなかったですな。

    まあ、基本的に寒いのが苦手でしたから、藁、
    冬よりは夏のほうが断然に好きでしたから、
    昨今のぬるい冬は願ったりなんですが、
    それでも、今日みたいな日は、
    天変地異が起きるのではと、ふと考えがもたげたりします。
    季節感という意味では、
    やはり、1970年代のほうが良かったかもしれませんな。

    • トルファン #-
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  • 2016/12/26 (Mon) 11:12
    No title

    二代目と小生とでは、確か7~8人兄弟の長兄と末っ子くらいの歳の差でしょうか、小生が物心ついた頃、長兄は既に初任給貰ってて、公園に連れてってもらうと長兄が「若いお父さん」と見られて...くらいは違うんじゃなかったでしょうかw

    寒いのは苦手と仰いますが、明らかに昔の冬は外に出るのが億劫になるほど辛かったですよ。あんだけ寒かったら冬を嫌いになるでしょうけど、今は夏が殺人的に暑いですし、暖冬も板についてきました。相対的にむしろ冬のほうが過ごしやすいと思ってる人は多いんじゃないでしょうかね。

    小生の今の実家の近所に加曾利貝塚という世界最大級の縄文時代の貝塚があるんですが、要は千葉市のあんな中まで海辺が近かったわけです。ということは、5千~数千年くらい前までは、今の日本って相当暑かったんじゃないでしょうかね。一説によれば平均気温で1~2℃、縄文海進と呼ばれる海水面の上昇は2m程度あったようですが、そんな程度か正直信じられません。今の沖縄くらい暖かかくないと、アソコまで海辺は来ないですよ。

    そうなれば、青森の三内丸山にあれだけ大きな集落の跡が出土するのも合点がいきます。精々年の平均気温が一二度違うだけで、青森のあんなトコに裸同然の人間が大勢住めるとは思えません。多分今より相当違ったと思う法が自然だと思うんですよね。

    まぁ真実はよくわかりませんが、少なくとも昔は今より相当暑かったわけで、もう桜もアジサイも、そもそもいつ咲いてもいいものなのかもしれませんねぇ。


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