旅とはつ恋

2006上海

昨日から一冊の文庫本を読んでいます。
角田光代さんの旅のエッセイです。
その中に、「はつ恋」というタイトルの小文がありました。
彼女は、20代の頃から団体旅行をする機会の無かった、
いわゆる一人旅を中心としたバックパッカーでした。
彼女の旅におけるはつ恋は、タイでした。
20代から30代にかけての彼女の旅の基本みたいなものは、
すべて、この最初のタイから始まったそうです。

そういう点では、私にとってのはつ恋は、中国です。
ある意味、強烈に思い焦がれていたといっても差し支えないでしょう。
高校生の頃から、なにはなくともとりあえず中国へ行きたい、
そのこけの一念が5年以上も続くわけですから。
大学に行くにも、中国へ行けそうな、
いわゆる交換留学とかサマースクールとかで、
中国へ行けそうな大学しか受験しませんでした、w。
当時、中国へ行くというのは、パックツアーでしか基本的には無理でしたし、
そもそも、年配の人が多い中国行きのツアーなど、
最初から限りなく逃避していました。
いわゆる、添乗員のいる団体旅行いうのを極度に嫌っていたからです。
フリーで中国を旅すること、これが最大の命題だったわけです。

そんな中、中国も窮屈ながらフリーで旅が出来るという情報がちまたに流れ出したのが、
1982年ごろだったかと思います。
それに敏感に反応したのが、鵜の目鷹の目で中国へ行く機会を狙っていた文系の大学生達でした。
そして、そういう彼らの上に乗っかって出版されたのが、
地球の歩き方ー中国自由旅行....でした。
香港からなら誰でも中国行きのビザが取れる、これは、
当時の海外旅行好きには垂涎の情報でした。
しかも、このときの地球の歩き方のサブタイトルが、
1日1500円で中国を旅する..というものでしたから、
つわもののバックパッカーは、中国行きのために香港に集まってきたわけです。

ところが私ときたら、そういう状況を横目で見ながら、
まんまと、1984年夏、初めての海外、そして、初めての中国がいとも簡単に実現してしまいました。
私が在籍していた大学が北京の語学系大学と提携を結んで、
ホリデースクールを開始したからです。
そして、私は、たいした中国語の実力もないまま、
4回目のスクールのメンバーに潜り込んで、まんまと北京へ向かう飛行機の中に....藁。
とにかく、夏休み全部をつぶして過ごした中国は、
刺激的などという言葉で言い尽くすことが出来ないほどに衝撃的でした。
なにしろ、空港に着いて一歩北京の街に入った瞬間から、
いままで日本で培ってきた概念が崩れだしてしまったわけですから。
その崩れていく様、それこそが楽しくて楽しくて仕方がなくなるのに3日とかかりませんでした。
スクールなんで午前中は、日本語がまったく話せない中国人教師の下で、
四苦八苦しながら中国語の渦に巻き込まれまして、
巻き込まれたついでに午後からよくわからんうちに北京の街に出て、
習いたての中国語を駆使すると言うより乱用しながら練り歩き、
夜は翌日の予習を終えると、知り合った仲間と、遅くまで中国談義.....。

とにかく、中国人民と格闘しながら、
いつの間にか大胆不敵になっていく自分が見えました。
どうしても、万里の長城が見たい、それも端っこの....と思い始めるといてもたってもいられず、
土曜日の夜、北京発の夜行急行にひとりで乗り込み山海関へ向かい、
怖い物知らずのまま、半日、彼の地をさまよい、
再び、夕方前、北京に満員列車に揺られて立ちっぱなしで7時間かけて戻るという、
むちゃくちゃなことまでしでかしてしまうにいたりました。

ここは漢口

この中国での2ヶ月こそが、私の救いの無い、苦笑、はつ恋であり、
すべての旅の物差しになってしまったわけで、
あれから30年以上たっても、いまだいたるところで大きく引きずっていることを考えると、
はつ恋だけは、あまり衝撃的でないほうがいいのではと、
心底思う次第であります、汗。

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テーマ: 旅の思い出 - ジャンル: 旅行

コメント

  • 2015/12/07 (Mon) 23:26

    小生は直前まで、まさか自分が中国に行って中国で性活して、中国で生計を立てるとか思っても居ませんでした。ただ、思い起こせばYMOの人民服に些かシンパシーを感じていたような記憶があるのですが、まさかYMOが人民服着てたから中国を目指したわけではないです。小生の場合は、完全に就職活動と絡んで、の事でした。ですから半分興味があって、半分は自分にハクをつけるべく武者修行的感覚で北京に行ったわけでした。

    でも、北京に行ってからというもの、既成概念や常識の類が崩れ落ちるの様子は、基本的に二代目と変わりません。とにかくあのカルチャーギャップ、カルチャーショックが楽しくてしょうがなかったんですよね。今の中国にあの当時のような魅力を感じないのもココだと思うんです、普通にハッテンしちまった都市ですものね。如何に天地真理の大ファンであっても、今のマリちゃんを見ても勃たない、そんな感じでしょうか...違うかw

    でも20数年前の当時に軽く衝撃だったのは、中国に留学に来ていた20歳前後若者で、自分の将来に役立てようと志して中国に来ていた輩がごく少数派だったことでしたね。なにせ当時、中国に来ていた若者は、まず日本で大学受験に失敗して中国に来たとか、親に勘当同然で叩き込まれたとかいう、若くして半世捨て人的なドロップアウターだったり、或いは中国文学科や中国語専攻な中国マニアだったりでしたから。21世紀は中国の時代、とか言われ始めた時代だったのに、あまりマジメに勉強してたのは居ませんでしたね。

    • Captain☆Kirekomi♡ #-
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  • 2015/12/09 (Wed) 21:36

    結局、外国を楽しめてしまう人いうのは、
    既成概念や常識の類が崩れ落ちる様子を見ていて面白がってしまう人なんだと思います。
    そもそも、日本もかなり異質な文化を背負っているわけですけど、
    自分たちの異質を意識しないで、外国の異質を面白がるわけですから、
    端から見ていて、私とかCaptainみたいな人は、とても妙なやつにみえるかもしれない、w。
    想定できないことが起きると言うことは、ふつうの人は苦痛かもしれないけど、
    海外で起きるのは当然のことと思い、くそったれとか馬鹿野郎とかいいながら、
    想定外を乗り切ることの楽しさは、きっと、多くの人には理解出来ないと思います。
    まあ、Captainのようにその国にビジネスで行くとなると、
    想定外を楽しむなんて悠長なことは言っていられないでしょうけど、苦笑。

    私が北京に行った頃は、中国語を学びに来ていたビジネスマン数人、
    漢方を学ぶために中国語を学んでいた18歳、
    それ以外は夏休みだったせいか、大阪外大とか愛知大、埼玉大からの物好きな学生多数、
    それに我々の大学のメンバーなんかが語言学院にいました。
    それよりおもしろかったのは、北朝鮮からの留学生です。
    同じ服、同じ髪型、そして金日成バッチをつけて常に団体行動をしてました。
    アホな私は、中国語でどこの国から来たのですかと、
    白々しく質問をしてみたんですけど、完璧に無視されました、汗。
    まあ、Tシャツに短パンの変な奴に質問されても答えたくないでしょうが、藁。

    それと、どうしてあんなに仲良くなったのかわからないんですけど、
    アフリカからの留学生とよく一緒につるんでました、笑。
    地理には少しばかり自信があったんですけど、
    ベナンとかブルンジなんて国、まったく知らないくせに、
    つたない中国語で彼らと会話していたのですから、
    恐れ多いというかお馬鹿さんというか。
    今でも彼らの姿、まざまざと思い浮かべることが出来ます。
    そういった様々な人との出会いも含めて、
    1984年夏の私のはつ恋は、今でも絶対的なものなんでしょうねえ。

    • トルファン #-
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  • 2015/12/12 (Sat) 01:16

    便利至上主義な日本におりますと、中国の生活が苦痛になるというのはわかるような気がします。
    だってこないだ中国に行ったら結構ストレス満載でしたもの。
    香港ですらムカつきっぱなしでしたからねぇ。
    これで言葉が通じなかったら、耐えられないだろうなと思いましたよさすがに。

    まして仕事でイクとなったら尚更でしょうね。
    ウラで何言ってるか、何されてるか全然わからんのですし、物事は全然進まないし。
    よく皆、言葉も通じないのに頑張ってますよね。

    初恋とか、あまり打たれていない熱い時期に経験したことというのは一生を左右するんでしょう。
    小生が今だに熟女系やぽっちゃり系がダメで、若く健康的なのが好きなのもそんな感じと思うんですよ。
    小生は野球少年だったですが、昔は夏の盛りでも水飲んじゃダメとか、炎天下でグランド10周とか、
    そういう軍隊主義的精神論が横行してて、常識だったじゃないですか。
    我々が、そういう野球地獄のグラウンドで汗と泥にまみれ、被爆者が如く水に飢えている一方、
    焼け付いた金網の向こうというのはテニスサークルのお姉さん方が、太もも丸出しのミニスカで
    楽しそうに優雅にペニ、もといテニスとかエンゾイされてるわけですよ。

    ああ向こうは天国だな、極楽ってあんななんだろうな、と思う一方、
    自分のいるところはなんでこんなにキビシくて辛い世界なんだろう、なんてよく思ってたんですよね。
    ああいう経験があるから、ホットパンツなんか全然イイとも思えなくてミニスカ万歳だし、
    チアガールとかの健康的お色気とか、もうドカンと来るんですよね。

    若い頃の経験って恐ろしだなぁw

    • 切れ込み♡隊長 #-
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