ベトナム雑感

ペンタイン市場あたり

ホーチミンについて、たくさん語りたいんですが、
とりあえず、ベトナム全体についてちょっと書きたいと思います。
我々日本人は、ベトナムというと、
すぐさま、ベトナム戦争を思い出してしまいます。
まあ、20代のみなさんは、むしろ、ベトナム雑貨なんかのイメージが強いと思いますけど。
じつは、今からはるか昔、
20代のころなんですが、地球の歩き方のアジア担当の編集の方と知り合いになりまして、
ちょくちょく夕飯をえさにされて、更正なんぞを手伝った時期がありました。
ベトナム通の方ならご存知かと思いますが、
昔、地峡の歩き方には、フロンティアシリーズというのがありまして、
まだ、世間がベトナム旅行を認知していない頃、
ひっそりとベトナム編を発刊していたんです。
たまたま、ベトナム編の更正をちょをっとだけ手伝ったりしたので、
ある時期、真剣にベトナム行きを企画していたことがあるんです。
地球の歩き方側も、もし、行くなら、多少取材費は出すから、
チェックしてきてくれ、という話もあったりして、
とっても乗る気だったんです。
ところが、新彊ウイグル自治区へいくのは軽く許可をだしたくせに、
ベトナムへいくというと、まったく許可が親から下りませんでした、w。
ベトナムのイメージと、もしかするとカンボジアのイメージがどこかで重なっていたのかもしれません。
当時のカンボジアというと、国内闘争がやっと落ち着いたばかりで、
なおかつ、シアヌークという王様がそれでも帰国出来ない状態でした。

そういうわけで、
わたしにとっては、ベトナムというのは、20年以上前から、
ある意味、恋いこがれていた土地でもあるんです。
そうそう、私の好きな作家、開高健氏の影響もあるかもしれません。
ベトナムの街角のフランスパン、米の麺のフォー、
そして、マジスティックホテル等々、
開高氏の文書をから勝手に自分の中で、ベトナムが少しずつ出来上がっていたわけです。

そうそう、開高氏とほぼ同時期にホーチミンを訪れていた、
司馬遼太郎氏の文章もあるかもしれませんね。

思えば、私は、中国を中心にして、
そのまわりの国々ばかり旅していたことになります。
中国というとんでもなく巨大な国家と、
それに翻弄される周辺地域と.....。
そういうものをちょっとでもいいから、かいま見てみたい、
私にとっての新彊ウイグル自治区やモンゴル、
台湾と同様にベトナムもそういう位置にあるのかもしれません。

そういう意味では、きっちりとベトナムにはまってしまいそうです。
でも、本気ではまるためには、ベトナム語を勉強しなくては、苦笑。
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テーマ: ベトナムへ - ジャンル: 旅行

コメント

  • 2013/07/04 (Thu) 03:37

    旅行の醍醐味は、異文化に触れることにあると思います。
    そういう意味では、特に後進国へ行くというのは、日本では味わえない非日常を体感できることになるので、非常に有意義でもあります。ですが所詮は後進国で、言葉も食事もナニにも不自由するというのは疲れるわけですが、ベトナム程度の後進国ならばまだ受け入れ可能なレベルなのでしょう。

    ハノイに行った台湾商人曰く、ナムは20年前の広東省そっくりだ、と。小生には何となくわかります。今の中国、正直言ってどこに行ってもあまり魅力を感じません。ハッテンしたのはイイとして、どこへ行っても味気無く、昔シビれるように感じたカルチャーショックが薄れてしまっているのです。

    そういう意味でも、ベトナムというのは、まだ逝って異文化を体感するだけの魅力は残っているのかもしれません。

    もう一つ、その土地に根付く悠久な歴史と、そこから醸成された独特な文化の香りが残った土地≒現地人の地に足のついた生活が体感できるなら、尚更魅力的でしょう。同じ途上国でも、ボジアやラオスだとちょっとキツいかもしれません。何故なら、同じ土俵に立ってみることがキツく感じるからです。

    • 切れ込み隊長 #-
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  • 2013/07/05 (Fri) 20:09

    私のホーチミンの印象も、それこそ四半世紀前の中国上海なんです。
    ただ、当時の上海よりもさらにあか抜けているように思います。
    フランス統治下にあった影響がかなりあるんだなあと思うんですけど、
    四半世紀前の上海人よりもはるかに今のホーチミンの人々が接しやすいように思えます。
    別に上海人が悪かったというわけではないんですが、
    よりオープンマインドじゃないかな、ホーチミンの人々は。

    • トルファン #-
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