北京の五道口で1㎡150万円!

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北京の五道口というと、
青春時代の甘美な?!想い出が蘇ります。
1980年代半ば、
夏の間のほとんどをこの北京の北側にある文教地区「五道口」で寝起きしていたわけですから。
この地区は、北京大学や航空学院、そして、私が滞在していた語言学院(現在の北京語言文化大)、
精華大や民族学院などなど、
海外からの留学生を含めて、学生が闊歩していた街でした。
私は、悲しいことに、1993年以来、とんとこの地域とはご無沙汰しているんですが、
知らないうちにとんでもない高級住宅街に変身してしまったようです。

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こんな素敵な並木道があった五道口なんですが、
様変わりしてしまったんでしょうね。


北京・五道口の不動産価格が1平方メートル150万円に、「冗談としか思えない値段」―中国
Record China 3月24日(日)21時41分配信

2013年3月21日、あるインターネット利用者が最近ミニブログで、不動産仲介企業の価格表を発表した。北京・五道口の住宅が1平方メートルあたり10万元(約150万円)という値段で話題を集めている。同不動産は海淀区五道口のある学区内の住宅で、37平方メートルで350万元(約5250万円)、1平方メートルあたり約10万元の計算となる。当時の開発企業関係者の任志強(レン・ジーチアン)氏は「当時の販売価格は1平方メートルあたり4000元(約6万円)あまりだったのに」と語る。ネット利用者からは「五道口こそ北京の中心部、宇宙の中心だ。もう北京で住宅を買うのは諦めた」という声が寄せられている。中国経済網が伝えた。

業界関係者によると、五道口の住宅価格が急騰しているのは人気学区内にあるためで、清華大学や北京大学が近いためだという。ネット利用者からは「この値段、冗談としか思えない」「朝、36階の部屋のベランダで水を一杯注ぎ、上に浮かんだ埃を吹き飛ばす。窓の外はスモッグだが、目を閉じれば、遠くにあと300点取れば合格できた大学や、出勤に忙しいサラリーマンがアリの様にバスや地下鉄駅でひしめいているのを感じられる。こうした命の息吹に耳を傾けることができるこの五道口は宇宙の中心だ」といったコメントが寄せられている。「1平方メートル10万元の住宅を数千元で借りることができるなんて幸運だ。他の地方出身の労働者だから、北京戸籍がなくても五道口のような世界一流の高級住宅地に住めるなんて誇らしいことだ。2000年には1平方メートルあたり4000元程度だったのが20倍ほどしか値上りしていないなんて安いものだ」という嗜虐的なコメントも見られる。

閉幕したばかりの「両会」(全国人民代表大会・中国人民政治協商会議)では不動産価格抑制の目標を確定したが、多くの市民は依然として高すぎる不動産価格を受け入れられないと考えている。「私の給料ではロケットに乗っても不動産価格の上昇を追い越すことができない」「北京ではお金で住宅を買うのではなく、生命で住宅を買うようだ」といった嘆きが聞かれる。

一部では理性的に分析とアドバイスをしているネット利用者もいる。「2003年以来の10年に、もしエリオット波動理論に基づくと、北京の不動産価格は08年、11年に2回目、4回目の調整を経た後、5回目の浪に入ったと言える。投機家が売りに出す段階に入ったが、国家の新規定で流動性が低下したため、価格を引き上げ続けるしかない。10万元なんて買う人がいるはずはない。あの値段は顧客向けのPRで、近くの1平方メートルあたり6万元(約90万円)の住宅を買わせようとするためのものだ」「北京の不動産価格を値下げさせるのは簡単だ。良い学校が北京に集中しているから、政府が北京戸籍でない学生にも平等に入学できるように条件を規定しなおせば、北京の住宅価格も自然に下がる」などの意見が出ている。(提供/人民網日本語版・翻訳/YH・編集/TF)
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テーマ: 中国 - ジャンル: 海外情報

コメント

  • 2013/03/25 (Mon) 23:34

    五道口懐かしいですね。僕も清華にいた時にはお世話になりましたよ。 完全にコリアンタウン化してましたけどねwww

  • 2013/03/27 (Wed) 00:07

    シーグイさんの時代はコリアンタウンですか。
    私の時は、夏休みということもあって、アフリカンタウンでした。
    夏休みに祖国に帰れないアフリカ人が大量にいました。

    • トルファン #-
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  • 2013/03/27 (Wed) 03:50

    小生の根拠地はこちら側ではなくあちら側、つまり朝陽区のほうなんです。だから国貿とか秀水とか、あの建国門外のあたりが性春なわけですw 国貿のあたりなんか、バスを降りるとニ鍋頭工場の甘ったるい匂いが充満してた低層階建築物ばかりでしたが、今ではSOHOとか名付けられて調子ブッコいてる高層ビルが林立するスーパー高級地区になってしまいました。それこそ、感覚的には都心に住むようなもので住みづらくて仕方ないですよ。

    んで、元旦に北京に逝ってきたんですが、今や五環、つまり昔は北京市の外、郊外だった頤和園まで住宅地が広がって、地下鉄が通ってるんですよ。密度は当然中心地よりも低いですが、アソコまでが「市街」だなんて信じられません。それでも数万元/平米するんですよ。気が狂ってます。

    まぁ、何はともあれ20年前の日本を連想さすお話ではありますな。
    歴史はクリ返すんですねぇ。

    • 切れ込み隊長 #-
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  • 2013/03/29 (Fri) 19:00

    隊長殿
    あれ?20年前の話なんですか、w。
    私の場合、29年前です、藁。
    当時、朝陽区なんて、北京の郊外のようでした、w

    ホテルだって、出来たての長城飯店しかなかったですから。

    • トルファン #-
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