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驟雨の村ー浙江省龍門古鎮その2

文台、伯符、仲謀、
三国志の時代といいますから、今から1800年くらい前、
中国東南部の長江流域で一大勢力を誇った呉の国、
その王朝は、彼ら3人から生まれました。
孫堅あざなは文台、その長男孫策あざなは伯符、
そして、呉の国の皇帝となる孫権あざなは仲謀、
日本人が愛してやまない中国三国志の時代、
三方のうちのひとつの旗頭です。
わたしのような三国志ファンというのは日本人の中に山のようにいるわけで、
たとえば、吉川英治の小説でファンになったとか、
NHKの人形劇でファンになったとか、
あるいはテレビゲームでファンになったとか、
一番新しいところでは、北方謙三の三国志でファンになったとか、
とにかく、各時代、各世代で広くファンが多いのが、
この三国志の時代でしょう。

魏、蜀、呉の三国の中で比較的地味な色合いなのが、
呉の孫権とその配下のものどもかもしれません。
これはひとえに三国志演義を書いた作者のせいではないかと、
わたしなんぞは勘ぐっていますが、w。
で、そんな地味な孫氏一族の故地をちょっと覗いて見たいと思います。
龍門3

さて、龍門鎮へ向かったのが、6月9日でした。
朝、上海は雨は落ちていなかったのですが、
列車で杭州に着く頃は雨が降り止まずでした。
また後日、龍門鎮への行き方を紹介したいと思いますが、
龍門鎮の最寄りの町は、杭州から西へ1時間ほど富陽です。
ここまで杭州からバスに揺られ、
さらに富陽からしがないポロバスで山間部へと30分ほど、
やっと到着します。
といっても、杭州からこれくらいの行程で古鎮へ行ければ、
お手軽といえばお手軽です。
龍門4

バス停はないのですが、苦笑、
降ろしてもらった先に龍門鎮の入り口がありました。
孫権故地というばかでかい壁と、
牌楼と呼ばれる江南や安徽地方特有の村の入り口にそびえるゲートが、
なんとも真新しくて、
これから観光客を誘致してやろうという気配が漂っていました、w。
なにしろ、孫一族の故地ですから、
気合いさえ入れれば、けっこう中国はおろか台湾、日本から多数観光客を呼び込めるかもしれない、
そんな意図はあるんでしょうね。
ただ、そんな欲目を抜きにしても、
山は近く、清流も流れるという気持ちのいいこのあたり、
なかなかいい田舎じゃないと思うのは私だけでは無いはずです。
また、そぼ降る雨が観光客を遠ざけまして、
しっとりしたたたずまいがちょっと期待させてくれます。
龍門5

余談ですが、
孫氏一族の故地は史書によれば、
呉の富春となっています。
前記しました富陽市は富春江という大きな川のほとりにあります。
我々が訪れた前後、
浙江省はけっこう大雨が降ったらしく、
この日の富春江も水量がことのほか多く、その滔々とした流れに、
水軍を誇った呉軍の孫氏の故地だけあるなあと納得してしまいました。
その孫氏、じつは兵書で有名な孫子の子孫だということです。
孫子といいますと、
春秋時代の孫武だとか孫ビンだとかいわれていますが、
では彼らはどこに住んでいたのかというと、
これがかつての呉の都、
いまでいう蘇州あたりだそうです。
さらにその孫子はどこの出かとしつこく探ってみると、
斉の国といいますから山東省の田氏という有力貴族のわかれだということです。
龍門6

というわけで、あまりな長い前振りを反省しつつ、
村の中へと入っていきたいと思います。
つづく.....。