龍門古鎮への行き方ー浙江省龍門古鎮その8

というわけで、
08年6月9日、上海から日帰りで
孫権の故地・浙江省龍門へ行って来ました。
上海ー杭州間には和階号という新幹線が1日10本ほど走っています。
ただ、当日の予約はなかなか厳しいようです。
私が乗ったのは、都市間特急でして、
意外というかなんというか混んでいませんでした。
朝8時10分上海南駅発の列車です。
杭州には9時54分ですからけっこうはやいです。
また、高速バスも頻繁に走っていますので、
鉄道よりは使いやすいかも知れません。
こちらも2時間ちょっとで走り抜けます。
問題は杭州から龍門までですが、
直通のバスは今のところないみたいです。
まずは、最寄りの都市「富陽」へ向かわなければなりません。
私が確認しただけでは2つの方法があります。

杭州市内の延安路の「龍翔橋」というバス停があります。
ここから、富陽行きのバスが頻繁、それこそ10分おきに出ていました。
K514というバスですが、ここでいうKは多分、快速の意味だと思います。
このバスに乗ると1時間で富陽に着きます。
龍門43
富陽に着きますとこのバスは総合市場というバス停に到着します。
ここから2路の市内バスで二つ目、
西站というバスターミナルへ向かいます。
料金は1元均一。
歩いても10分かからないと思います。
この西站は、富陽の郊外への村々へ向かうミニバスの発着駅です。
龍門44
画像で言いますと手前の黄色いバスが市内バス、
奥に並んでいるのがミニバスです。
西站からは、上官行きないしは龍門行きのバスに乗ります。
30分くらいで龍門に着きますから、
バスの服務員に着いたら声をかけてくれるよう頼んだ方がいいと思います。
なにしろ、上官行きのバスがほとんどでしたので、
途中下車しなくてはならないのですから。
龍門まで5元でした。

帰りは別の方法で杭州へ戻りました。
上官方面からやってくる富陽西站行きミニバスに、
手を挙げて止めて乗り込みます。
龍門45
このバス、満員で15名ほどしか乗れないのですが、
運転手の他、切符販売の兄ちゃん、
そして、手動ドアを開けるおばちゃんの3名の服務員が乗車してました、藁。
エライ効率が悪い、苦笑。
で、西站に着いたとき、このおばちゃんに杭州行きのバスは、
どこから出ているのだと訪ねると、
「新站へいけ」と言われました。
というわけで、帰りは、総合市場からK514に乗らず、
2路のバスで町の東側にある富陽バスターミナル新站へと向かいました。
龍門46
真新しいようなそうでないような大きなバスターミナルがこの新站です。
けっこう長距離のバスが発着しているようです。
杭州行きの乗り場へ行きますと、「杭州城市站」と書いてあります。
どうも、K514が発着する龍翔橋バス停とは違う場所のようです。

というわけで、わけのわからないまま、苦笑、乗り込んで、
およそ1時間15分で杭州城市站らしきところに到着しました。
ちょうど、杭州の鉄道駅の北側、歩いて3分くらいのところに着いたわけです。
おそらく、ここから頻繁に富陽行きが来着しているのだと思います。
帰りのバス料金はなぜか8元でした。w

とまあ、悪戦苦闘して龍門往復をしました。
いずれにせよ、
杭州駅に着いたら、杭州の地図を買うことが必定かと思います。
是非、杭州から龍門までタクシーなどチャーターせずに、w、
自力で行ってみてください。
それもまたいい想い出になると思います。




スポンサーサイト
テーマ: 中国 - ジャンル: 海外情報

古鎮の人々ー浙江省龍門古鎮の旅8

というわけで、龍門古鎮シリーズは最終回となります。
最後は、古鎮の皆さんに登場してもらうことにします。
龍門36
典型的な中国のおばあちゃんと孫、そんなかんじです。
カメラ目線ありがとうございました。
妙に気に入っている一枚です。
龍門37
レストランで中国語を教わりました。
なかなかの好少年でした。
料理も運んでくれましたし.....。
お母さんは、意外と田舎っぽくなかったです。
龍門38
最初から最後まで言葉を聞き取れませんでした。
だけど、いいたいことはなんとなくわかりました。
かなりのご高齢だと思うのですが、
見事にシャンとしていました。

鍛冶屋さんがあるとは思いませんでした。
しかも、とっても素朴な.....。
龍門40
しかも、この鍛冶屋さん、夫婦でやってます。
奥さんのほうのハンマー、重そう.....w。
龍門41
茶館の女の子。
こくどらをほおばっています。
龍門42
出口を教えてくれて、ありがとう、おじさん。


というわけで、浙江省富陽からさらに奥に入った山際の村、
龍門古鎮からのリポートはこれにて大団円。
次回は、杭州から龍門までの行き方を
詳しくご紹介します。
テーマ: 中国 - ジャンル: 海外情報

知魚軒というレストランー龍門古鎮その7

龍門古鎮の前に流れる浣渓、
その向かいにちょっと洒落た、暇そうなレストランがあります。w
龍門27
こんな田舎にちょっとかっこ良すぎる構えです。
知魚軒というその名もちょっと洒落てます。
この店に入ったのが午後1時くらいでしょうか。
お客さんはいませんでした。
雨が降ると古鎮は人の気配がなくなるのでしょうかね、w。
龍門28
入り口の脇にはバーコーナーなんかがあったりして、
渋めのソファーもありました。
階段を上がるとシックなたたずまい。
龍門29
ちょっとセンスがいいかも.....。
龍門30
窓からの景色も悪くないですねえ。
というわけでお食事タイムです。
龍門31
夏の茄子の定番、紅焼茄子10元、
龍門32
続いては「銭江肉絲」、豚肉の細切り炒めミソ味といったところ、
下に青ネギが敷いてあります。
18元。
龍門33
おなじみ、西紅柿炒蛋、卵とトマトの炒め物、
これも夏の定番です。12元。
龍門34
龍門面筋という揚げ物です。
中には豚肉と野菜の刻んだ餡が入っているのですが、
まわりの皮が変わっていまして、
なんだか発酵したような匂いがするのです。
抵抗ある人もいるかとは思いますが、完食、藁。25元。
そして、
龍門35
店の人に勧められた龍門土鶏鍋、
一羽丸ごと煮込んだスープでしてこれが68元。
そして、卵炒飯が10元という、
まあ、4人で卓を囲んだらまずまず楽しめる格安料理だと思います。
味付けも思ったより濃い味でなく、
とくに地鶏のスープは、薄味なのにこくがあって美味しゅうございました。
ビールを飲んで150元ですから素敵な田舎の昼食でした。


テーマ: 中国 - ジャンル: 海外情報

新安江と富春江ー浙江省龍門古鎮その6

浙江省地図
是非、地図を拡大してみていただきたいのですが、
これは浙江省北部の地図です。
今回、訪れた龍門は、地図の右より、
富陽市からバスで30分ほどのところにあります。
黒い枠で囲ってあるところがそうです。
次に真ん中下にある黒い枠、
ここが諸葛公明の子孫が住んでいると言われている村です。
そして、地図の左手、
安徽省に入ったところに黒枠で黄山市というのがあります。
私は02年にこのあたりの古い村々を歩いたのですが、
村のただすまいがとても龍門古鎮と似ていました。
西逓
上の画像は、その古い村の中の西逓という村です。
同じような建物、そんなかんじがしますね。
ある写真集に載っている諸葛村もまた同じような雰囲気を感じさせます。
そこで、冒頭の地図なのですが、
じつは、これらの村々は、
一つの川の流域であることが見て取れるのです。
新安江ー富春江ー銭塘江、
これはじつは一つの川なんです。
02年に黄山古民家群を訪れたとき、
私の活動のベースは、現在の黄山市、
以前は屯渓と呼ばれていた町の、
新安江のほとりのホテルでした。
この川を毎朝、ホテルの窓から眺めていまして、
いい気分に浸っていたわけですが、
なんとこの江の中流域の支流が龍門古鎮の目の前を流れていることに気づいたのは、
つい10日前でした。
龍門25
龍門古鎮の目の前を流れる川を浣渓といいます。
もちろん、富春江へ注ぎ込んでいます。
川の水は渓というくらいですから清らかです。
龍門26
さらに村の中を一筋の川が流れています。
龍門渓です。
江南はじつは川で繋がっている、それを実感するのです。
テーマ: 中国 - ジャンル: 海外情報

硯池のひとときー浙江省龍門古鎮5

龍門19
雨が断続的に降り続く中、
相変わらず、迷路のようなというより迷路そのものの龍門の村内を
そぞろ歩きしています。
山に向かって少しずつ傾斜を強めています。
側溝には雨のせいもあるでしょうが、
山からのきれいな水が流れています。
そして、村内でも一番奥にあたる硯池(すずりいけ)に到着しました。
龍門20
安徽省の黄山のふもとの村々には、
今、世界遺産に登録されているように、
明・清代の古い家々が残されていますが、
この龍門鎮の家々もそれに負けず劣らずの風情を醸し出しています。
そして、村の奥、あるいは中心に四角い人口の池を作っているのも、
両者の同じ特徴です。
龍門21
白壁とうだつ、眼前の池、
そして、灰色の厚い雲と雨が、
日本人の感性をちょっとくすぐってくれます。
一句ひねれるとかっこいいんですがねえ。
龍門22
この龍門鎮は、孫権の末裔達が住んでいるといわれていますが、
ここからさらに西へ2時間弱、
諸葛鎮という村があります。
そこは、名前の通り、諸葛一族が移り住んだと言われている村で、
三国志好きとしてはなお心躍ってしまう古鎮です。
この村もまた、村の中心に大きな人口の池を作っています。
江南の古い山村のひとつの特徴なのかもしれません。
諸葛村、いつか言ってみたい村のひとつです。
龍門23
硯池に面したところに茶店とうか、茶館がありました。
しばし、休息のお時間です。
お茶とひまわりの種食べ放題で一人10元です。
ちょっと静かなブレイクタイムです。
龍門24
やっぱり、歩き回ったときは甘いものかなあ。藁
テーマ: 中国 - ジャンル: 海外情報

村内迷路をそぞろ歩きー浙江省龍門古鎮その4

じつは、この龍門古鎮、
しゃれたビジターセンターが完備されています。
入場料というか、村内整備費といいますか、
中国の多くの古鎮は、村民の生活の中を歩くわけでして、
どうしても、古い建物を維持するという名目で、
ちょっと中国にしては高めの参観料を取られます。
この龍門古鎮もそうで、68元取られました。
1元が15元~16元くらいですから決して安いものではありません。
あとで紹介しますが、
日本語の気の利いたパンフレットも用意されていまして、
日本人をこれから呼び込もうという気構えはかなりあると思います。
パンフレットには、村内の略図もあるのですが、
まあ、あまり足しになるとは思えません、w。
龍門12

6月9日のこの日、
中国では端午節でして全国的に祝日でした。
日本ではちまき食べ食べ、柏餅食べ食べなのですが、
ここ中国では、粽子(ちまき)が街中に売られています。
また、日本ではもうあまり見られなくなりましたが、
画像のように家々の戸のところに厄よけで、
よもぎを飾っていたりします。
龍門13

また、日本の古い町屋、とくにお金持ちのお宅には必ずあった、
「うだつ」もこの村にはあります。
画像中央の屋根の端にある出っ張りがそれです。
火事の延焼を防ぐためといわれていますが、
一方でこの「うだつ」を付けることがちょっとした贅沢だったともいわれています。
よく、うだつが上がらない、なんていいますが、
これは、家にうだつをつけることができないくらいパッとしない生活を送っている人のことを指す言葉だそうです。
同じような白壁、黒い河原の屋根にうだつというパターンは、
江南の古鎮の各所に見られますし、
また、安徽省の黄山の麓の古民家群のある村々でも見ることができます。
龍門14

雨が断続的に強くなったりします。
よく見ると脱穀機のような年代物の木製の農具があります。
龍門15

よく見ると、籾殻が残っています。
ということは、見事に現役選手ということになります。
ちょっと日本では見かけないような、
タイムスリップしたような脱穀機です。
最初は、観光用に展示してあるのかと思ってしまいました。
龍門16

にわとりがうろついていたりしますと、
まさに農家に迷い込んでしまった、そんなかんじなのです。
ただ、観光シーズンとなれば、
ドシドシよそ者が入り込んでくるわけでしょうから、
こういう古鎮で住む人たちはどんな気分なのでしょうね。
ともあれ、降り続く雨は、
観光客の到来をこばんでいるかのようで、
村の中は、静寂そのものです。

人の気配すら雨が消し去っているかのようです。
つづく.....。

テーマ: 中国 - ジャンル: 海外情報

天然の迷路ー浙江省龍門古鎮その3

一昔前、日本でもメイズ(迷路)が流行りました。
タイムレースで入り口から出口まで何分で脱出出来るか?というやつです。
板塀式もあれば、遊園地だとガラス式、
たしか、ひまわり畑を刈り込んで作った迷路もありました。
龍門7

この龍門鎮、村の入り口は基本的には一カ所です。
(最深部は山と畑に抜けられる小径がありましたが)
最初、何気なく入っていくわけですが、
そこそこ道幅もありして、江南や安徽でよく見かけるくすんだ白壁が続きます。
龍門8

気がつくと、道幅は少しずつ狭くなっていきます。
しかも、まっすぐには続いていません。
軽ーくカーブしたり、突き当たったり。
簡素な石畳みなのですが、ちょっとだけ傾斜があるようです。
両側の家々が迫ってきているので見通しはだんだん悪くなります。
龍門9

こっちかなと思って曲がってみると、
家屋の中を突っ切るハメになったりします。
そして、
龍門10

なおも突き進むとちょっと広場のようなところへ出くわしたりします。
廟というか堂というか、
村人の集まるところなのでしょう。
こういう堂が村内に何カ所があります。
これらの堂を見て回ろうとすると、
必ず、横道に逸れたりしなければなりません。
そして、その横道逸れが重なるたびに、
現在位置があやふやになります。
間違いなく、村の奥へと入り込んでいるのは実感出来るのですが...。

かくして、奥深く踏み込みつつも、
いきなり行き止まりにブチ当たったりして、
途方に暮れたりするのです。
この日、雨が降り続いています。
端午節の休日だというのに、我々以外観光客の姿も見えません。
龍門鎮は、部外者(観光客)を見事に飲み込んでしまったのです。
つづく.....。
テーマ: 中国 - ジャンル: 海外情報

驟雨の村ー浙江省龍門古鎮その2

文台、伯符、仲謀、
三国志の時代といいますから、今から1800年くらい前、
中国東南部の長江流域で一大勢力を誇った呉の国、
その王朝は、彼ら3人から生まれました。
孫堅あざなは文台、その長男孫策あざなは伯符、
そして、呉の国の皇帝となる孫権あざなは仲謀、
日本人が愛してやまない中国三国志の時代、
三方のうちのひとつの旗頭です。
わたしのような三国志ファンというのは日本人の中に山のようにいるわけで、
たとえば、吉川英治の小説でファンになったとか、
NHKの人形劇でファンになったとか、
あるいはテレビゲームでファンになったとか、
一番新しいところでは、北方謙三の三国志でファンになったとか、
とにかく、各時代、各世代で広くファンが多いのが、
この三国志の時代でしょう。

魏、蜀、呉の三国の中で比較的地味な色合いなのが、
呉の孫権とその配下のものどもかもしれません。
これはひとえに三国志演義を書いた作者のせいではないかと、
わたしなんぞは勘ぐっていますが、w。
で、そんな地味な孫氏一族の故地をちょっと覗いて見たいと思います。
龍門3

さて、龍門鎮へ向かったのが、6月9日でした。
朝、上海は雨は落ちていなかったのですが、
列車で杭州に着く頃は雨が降り止まずでした。
また後日、龍門鎮への行き方を紹介したいと思いますが、
龍門鎮の最寄りの町は、杭州から西へ1時間ほど富陽です。
ここまで杭州からバスに揺られ、
さらに富陽からしがないポロバスで山間部へと30分ほど、
やっと到着します。
といっても、杭州からこれくらいの行程で古鎮へ行ければ、
お手軽といえばお手軽です。
龍門4

バス停はないのですが、苦笑、
降ろしてもらった先に龍門鎮の入り口がありました。
孫権故地というばかでかい壁と、
牌楼と呼ばれる江南や安徽地方特有の村の入り口にそびえるゲートが、
なんとも真新しくて、
これから観光客を誘致してやろうという気配が漂っていました、w。
なにしろ、孫一族の故地ですから、
気合いさえ入れれば、けっこう中国はおろか台湾、日本から多数観光客を呼び込めるかもしれない、
そんな意図はあるんでしょうね。
ただ、そんな欲目を抜きにしても、
山は近く、清流も流れるという気持ちのいいこのあたり、
なかなかいい田舎じゃないと思うのは私だけでは無いはずです。
また、そぼ降る雨が観光客を遠ざけまして、
しっとりしたたたずまいがちょっと期待させてくれます。
龍門5

余談ですが、
孫氏一族の故地は史書によれば、
呉の富春となっています。
前記しました富陽市は富春江という大きな川のほとりにあります。
我々が訪れた前後、
浙江省はけっこう大雨が降ったらしく、
この日の富春江も水量がことのほか多く、その滔々とした流れに、
水軍を誇った呉軍の孫氏の故地だけあるなあと納得してしまいました。
その孫氏、じつは兵書で有名な孫子の子孫だということです。
孫子といいますと、
春秋時代の孫武だとか孫ビンだとかいわれていますが、
では彼らはどこに住んでいたのかというと、
これがかつての呉の都、
いまでいう蘇州あたりだそうです。
さらにその孫子はどこの出かとしつこく探ってみると、
斉の国といいますから山東省の田氏という有力貴族のわかれだということです。
龍門6

というわけで、あまりな長い前振りを反省しつつ、
村の中へと入っていきたいと思います。
つづく.....。



テーマ: 中国 - ジャンル: 海外情報