旅と食べることをこよなく愛する和菓子屋2代目トルファンが、 あっちこっちに脱線しながら、言いたい放題食べたい放題のネタを皆さんにご提供したいと思います








東京からこの近さで、
こんなにローカル線を堪能出来るなんてねえ。
でも、お客さん少な過ぎ。
それとBOXシートだとなおいいなあ。
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【2017/06/12 22:21】 | 鉄道に乗る
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No title
切れ込んじゃいないよ。
この車両とベンチのコラボ、ローカル線でよく見かけますよね。丹鉄の車両もこれで、しかもガラッガラ。まったくこの写真の車両と似たような車内でした。

その丹鉄ですが、宮福線の福知山へ行く車窓はこの写真よりも更に山深く、かつ険しいのです。歴史的には千何百年の昔から京の都への往来があったようですが、今はともかく、昔の人はどうやってこの山々を切り開いたのか、なぜそうせざるを得なかったのか、不思議ですねぇ。


No title
トルファン
丹鉄ですか、いいですねえ。
うちの息子は、完全なるローカル線オタクで、
関東近県では、伊豆急、箱根登山鉄道、いすみ鉄道、小湊鉄道が一押しなんですが、
関西方面だと、丹鉄の丹後エクスプローラーが一番のようです。
一度は連れていかんかなと思っています。

丹後って、すごく山がちですよね。
何処にでようと、それこそ京でも大坂でも山伝いです。
でも、反面、平安の昔から山がちとはいえ、
至近距離であることは間違い無かったので、
都の影響を色濃く残したりしていたわけです。

かの本能寺の変でも、
光秀の軍勢1万2千は、丹後から出発して途中進路を変えて、
本能寺になだれ込むわけですが、
それが可能なくらいに丹後と都の間は、
行き来するのが容易だったのかもしれませんね。


No title
コンディションはいいんだよオレは。
>かの本能寺の変でも、
まぁ言っても亀山城は京都まで山ひとつ超えるだけですから...とか言うのはクチだけで簡単なんですけど、ここが京都かと思えるほど急峻ですから、いうよりも結構大変だと思います。

確か光秀は、山越えするのに一晩かけて、兵にメシ食わせて、手柄たてただけ恩賞もらえるとか煽りに煽って戦わせた、と記憶してます。

でも...

一日山ん中を歩かせて山を越えさせて、嵯峨嵐山を経て中京区西洞院通蛸薬師通下る本能寺町まで来るわけでしょう、いくら恩賞沢山もらえるとはいえ、これ相当ハードモードですよ。絶対に歩くだけでしんどい。今ふうの言い方でいえば、これはブラック軍隊じゃないでしょうか。

あと、まさに小生、本能寺跡のすぐ近くに住んでいるのでわかるんですが、信長の息子が二条御所にいたんですよね。本能寺と二条城って凄く近いんですよ。相当近い。だから、疲れて帰ってきた兵隊には負けないと思うんです。そこまで少なかったとは思えないんですけどねぇ警護の兵。

織田方は、寡兵かつ二手に分かれていたとはいえ、山を越えてきたばかりの1万数千の兵...なんとか持ちこたえられそうなものだと思うんですがね。光秀が戦上手だったんでしょうか。信長が是非に及ばなかったわけですから、そういうことなんでしょうね。

隊長殿
トルファン
一部の説によると、
少なくとも二条城の信忠は、
京から脱出可能だったといわれています。
実際に二条城から逃れられた人もいたようですし。
信長は、光秀をよく理解していたはずですから、
本能寺を囲まれて逃げ出せるとは思っていなかったでしょうし、
逃げ出すことが是とはしなかったでしょう。
プライドの問題だったと思います。

信秀はと言うと、
彼の逸話というのは非常に少なくて、
人となりがよくわからないんですが、
どうも、親父は絶対的な存在だったらしく、
親父に忠実な息子だったようです。
ですから、二条城も討ち死に覚悟の玉砕へと向かったのだと思います。
後追い自殺に近かったのではと考えます。

光秀の軍は、確かに強行軍ではありましたけど、
徹夜に近い行動、しかもそれが革命軍となれば、
半端でないハイテンションなエネルギーを抱えていたと思います。
謀反を起こす側が、とても順調に運ぶことなどそうしないですが、
本能寺の場合は、そんな稀な例だったわけですから、
いつもの光秀軍よりもはるかに強力だったのではと思うんです。
実際、本能寺の変の後の光秀軍は、悲しいくらい貧弱な軍隊になつてしまったわけですから、
本能寺以後は出がらしだったのでしょうね。

まあ、丹後という土地、
応仁の乱の時もキーになった土地ですから、
都と丹後、密接な関係だったんでしょうね。


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2016442

お久しぶりです。
日夜、商店街活動に献身的に奉仕しているトルファンです、w。
やっと一段落つきましたので、ボチボチやっていきたいと思います。

4月4日に、おなじみ小湊鐵道へ行ってきました。
見事なほどローカルな雰囲気をたたき出している素晴らしい鉄路だと、
かねがね思っていたわけですが、
その中でも4月の小湊鐵道は最高です。

201644

こういうたった1両編成のディーゼル列車が
森の向こうから菜の花に迎えられて古ぼけた駅舎に滑り込む....。

2016441

千葉の山の中、ど真ん中なので、
少し桜は早かったですが、
ローカル鉄道に見事な色を加えています。

2016443

こんな鉄道が品川区から1時間とちょっとで行けるなんて、
こりゃあ、行かずばならんでしょう。

2016444

無人駅から乗り込むと、
こんな乗り越し切符みたいなのをもらえます。

2016445

というわけで、小湊鐵道へのいざないでした。










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【2016/04/24 21:32】 | 鉄道に乗る
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北恵那鉄道5

2月に美濃の中津川地方へ行ってきたのですが、
苗木城探訪の折、本丸跡から木曽川にかかる橋梁を眺めていました。
画像の奥にある橋が、中津川から苗木地区に向かう玉蔵橋です。
手前の錆び付いた小さな橋梁こそが、
かつて運行されていた北恵那鉄道の橋です。

北恵那鉄道1

苗木城本丸跡から四十八曲りを降りきりますと、
すぐ近くに北恵那鉄道の痕跡に出会えます。

北恵那鉄道2

なんだか今でも小さな電車が走ってきそうなたたずまいです。

北恵那鉄道3

橋梁に向かう土手も残っています。

北恵那鉄道4

枯れ藪に覆われた土手を進むと、赤錆びた橋梁が待っています。

北恵那鉄道6

観光鉄道として走らせることは出来ないのかなあと思いましたが、
廃線になったのは1978年ですから、
とてもじゃないが再生は難しいでしょうねえ。

こういうものに出くわすのもひとり旅ならではなのです。








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【2016/03/30 22:27】 | 鉄道に乗る
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この春廃止

JR北海道・石北本線の旧白滝駅が、3月26日のダイヤ改正で廃止されます。
終戦直後の1947年に開業、70年近く使われてきた無人駅だそうです。
主な利用者は通学に使う高校生のみでした。
まあ、秘境というか、人口がほとんど無い地域なので、
この高校生以外は、物好きな鉄オタだけが降りる駅なんでしょう。
廃止の理由は、この高校生が卒業してしまって、
直接の駅の利用者がいなくなるからです。

とまあ、こんなネタなんですが、
なんでも、中国でもネットで話題になっているみたいです。

この話が伝えられると、中国のネットユーザーから大きな反響があった。以下は寄せられたコメントの一部。

「本当に感動した!」
「人情味があるな」
「愛があふれてる」
「民族の恨みを別にすれば、日本は本当に学ぶべきところの多い国だ」
「確かに日本のこういう血の通った公益事業は素晴らしい。日本人の精神は学ぶべき」
「歴史と政治を除けば、日本に対しては好感が満ち満ちている」


くわしくはレコードチャイナで。
    ↓
http://www.recordchina.co.jp/a126644.html

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【2016/01/09 23:15】 | 鉄道に乗る
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あけましておめでとうございます!
すもも
ちゃんと書き込めていたらいいんですが大丈夫でしょうか?はじめての書き込みなので少し心配です(汗)
あの…トルファンさんの言葉にすごく引き込まれました、私は伝える作業が下手なもので心底羨ましいです!

もし、良かったら私の悩み少し聞いてもらえないですか?名前のとこへ連絡貰えると嬉しいです。

No title
トルファン
すももさんへ
私の悩みも聞いてもらえるかなあ。

あなたのようなコメントをくれた方に、どんな対応をしていいかわからないんです。
なにしろ、ネット素人ですから。
そもそも、私なんぞにあなたの悩みに相談乗るだけの力量などありませんから。

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相模線から八高線へ1

この間の月曜日、
どうにも安倍総理のスローガン、一億総活躍社会が不可解というか、
不愉快というか、不可思議というか意味不明というか、
なにをしろというのかよくわからず、
消化不良な気分が蔓延していたので、
鎌倉五山でも巡って少し心の平穏を求めようと思ったのですが、
横浜駅で崎陽軒の駅弁を買ったら、
突然、気分が変わりまして、w、
急遽、まだ乗ったことの無いJR相模線に乗るべく茅ヶ崎へ向かってしまいました、ハハハ。
かつて、相模線というと、東京近郊に残された数少ないディーゼル車両が走っている路線でしたが、
まあ、そんなものは子供の頃のつまらん記憶でして....。
まあ、ただ単に関東で一度も乗ったことの無い路線があるのが癪にさわっただけです。

相模線から八高線へ2

乗ってみると驚くのですが、茅ヶ崎から橋本までというこの路線、
途中、厚木や海老名を通るわけで、
決してローカル線と決めつけてはいけない風情なんですが、
途中駅の相武台下なんかは、
まるっきりローカル色でした。

相模線から八高線へ3

駅舎ものどかですし、駅前もなんですので、ハイ。
乗ってる車両が通勤電車的なんですけど、
ボタンを押さないとドアが開かないというのも、ちょっとローカルです。

相模線から八高線へ4

それでまあ、橋本経由で八王子です。
今度は関東で3つだけ残っているディーゼル車両の路線、
八高線に乗るべくやってきたわけですが、
なぜか八高線なのに川越行きで、しかもまた通勤電車的.....。

相模線から八高線へ5

八王子という都会にはディーゼルは似合わない....。
というわけで、ディーゼル車両に乗るべく、
川越への分岐である高麗川駅へ向かいます。

相模線から八高線へ6

高麗川駅に到着すると、30数分後に発車する高崎行きのキハ110系がいました。
いよいよ、八高線の本領発揮で北上します。

相模線から八高線へ7

ふと見ると、高麗川駅に看板有り。
高麗郡建郡1300年だそうですけど、
こんなに堂々と高麗と書かれると、もしかして、このあたりは朝鮮の租界か植民地なのではと、
思ってしまう.....人はそうはいないか、藁。

相模線から八高線へ8

やはり、ローカル線に乗ったら、ロングシートでは味気ないです。
クロスシート中心の車両だからこそ、駅弁を堂々と食べることが出来ます。

相模線から八高線へ9

茅ヶ崎からはるばる北上して、やっと真のローカル線を満喫、
ここまで4時間余りかかりました。
このあと、高崎駅で名物駅弁「とりめし」を買ったのはいうまでもありません。









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【2015/10/02 22:26】 | 鉄道に乗る
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ひたちなか海浜鉄道3

時間がとれたので衝動的に常陸国へ車を飛ばしました。
だいたい我が家から2時間くらいで那珂湊駅に着きました。

ひたちなか海浜鉄道1

目当てはこの5月に退役するこちらの車両です。
かつて国鉄のローカル線で走っていました。

ひたちなか海浜鉄道4

国鉄色はいろいろとあるのですが、
私はこの配色が好きなんですが、
気がついたら私の小学生くらいの頃に
ほとんど消え去っていました。

ひたちなか海浜鉄道2

国鉄時代はキハ22形といわれていた車両なのですが、
最後は北海道の羽幌の炭鉱鉄道からこちらに移ってきたそうです。
作られたのは昭和37年.....私と同じ歳です。
ご苦労様でした......。

JR東海キハ11

ちなみに那珂湊駅には新しく導入の予定の車両が止まっていました。
JR東海のキハ11形です。
もしかして、伊勢線の車両かな。









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【2015/05/18 21:22】 | 鉄道に乗る
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切れ込み✲隊長
那珂湊ってほぼ水戸じゃないですか。そこまで城南から2時間で!?それって凄くないですか?或いは我が家とかいう別宅から2時間という意味なんでしょうかw 

でも、この色って千葉の大動脈たる総武本線や内房・外房各線の車両カラーじゃないんでしょうか。それがあーた突然羽幌の炭鉱線とか、全然分けが分かりません。昔は国鉄は全部この色だったのでしょうか。いや、そんなことはない。だって山手線も中央線も、コクテツライトグリーンにコクテツレモンイエローでしたから。全国レベルでマイナーな路線は全部、このブルーにベージュのツートンだったのでしょうか。


トルファン
うちの古くさい車で余裕で2時間で行けますよ、水戸まで。
三郷から80分くらいですかね。

国鉄カラーの話なんですが、
たとえば、新潟の越後川口から長野までのローカル線である飯山線は、
このカラーリングでした、40年くらい前までは、w。
東日本のローカルでは、このクリーム色と紺色の組み合わせは少なからずあったようです。
ちなみに隊長がいっている総武本線や内房・外房各線がクリーム色+紺色すなわち横須賀線色になったのは比較的アタらしくて、
その前はオレンジ+グリーンの湘南色が走ってました。


切れ込み✲隊長
そうですか、このレイバーズブルーとプロレタリアンベージュのツートンは、所謂国鉄のナショナルカラーだたわけですな。だから日本全国でこの色の車両が目撃されていたとしても、全然おかしくはなかったんですね。

でもそう言われてみれば、たしかにストライクグリーンとユニオンオレンジという、一見合うようで実は調和が難しく、一歩間違うとセンスの無さが露呈する組み合わせの電車もありましたね。この色は関西でもあったはずですから、どういう棲み分けをしていたのでしょうか。是非鉄道マニアの二代目に御解説をお願いしたいところではあります。

でもこの緑橙カラーは千葉で走ってたんでしょうか?一部が代打的に運用されてたような気がおぼろげにはするものの、あくまでレギュラーカラーは青白だと思ってました。


トルファン
隊長殿
そもそも総武本線や外房線・内房線の特急・急行の始発駅がどこだったかご存じですか。
両国ないしは新宿だったんですよ。
当時の優等列車はほとんど緑橙カラーでした。
ちなみに千葉県方面の列車は、電化が遅れていましたので、
自分が小学生になったかならないかの頃は、ディーゼルでした。
上野発の列車の場合、上越線や信越本線は緑橙カラー、
東北本線や常磐線は、小豆色一色か、小豆色+クリーム色でした。
国鉄時代ではある時期、緑橙カラーの急行、赤薄橙カラーが特急というのが、
ほぼ全国的な傾向でした。
あるいは交流区間と直流区間では車両の色が違っていたりもしました。
そもそも外房線はかつて房総東線といいまして、確か60年代末までSLが走っていたはずです。


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糸魚川4

2月のとある月曜日、
越後湯沢から廃止される「はくたか」に乗って、
糸魚川駅にやってきました。
大雪の越後地方の中では、
この糸魚川と直江津あたりは別格といっていいほど、
雪が少なかったのですが、
駅の周りはあまりに閑散......。

糸魚川2

駅前通は誰も歩いていません。
のぞいてみたくなるようなお店もありません。
3月14日から新幹線が通るというのに。

糸魚川1

駅前からすこし曲がっただけで場末感が漂います。

糸魚川3

和風ラウンジ黒蜜だけが妙に印象的でした、w。

こういうかんじって、糸魚川に限ったことではなくて、
我が第2の故郷・六日町でも同様です。
新幹線が開通することで都会に出る利便性は高まりますが、
なんとなくその中間の地方都市は何をしていいのかわからず、
置き去りにされていったりするような気がします。
まして、北陸本線は、地域ごとに細かく分断されてしまい、
小さい地域は孤立してしまうのではという危惧を感じざるを得ません。
地域の一体感は少しずつ弱まっていくような気がします。

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【2015/03/21 23:08】 | 鉄道に乗る
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自転車小僧
アチキも先日、”JR西日本”の糸魚川駅へ行って来ましたが寂れっぷりはおっしゃる通り、人は歩いていないし、食事をできる場所もほとんどないし、スーパーは潰れてるし、北陸の陰鬱な曇り空だし…。
 東京とのアクセスが良くなっても人はどんどん東京へ行ってしまうし、東京から来る人は日帰りでも東京へ戻れるので地方にお金を落とさなくなるし。特に糸魚川のような中間駅は通過されるだけ…。
在来線は3セク化され運賃も上がるし、特急もなくなり運行本数も減る。近隣市町村との行き来がより不便になり、下手をすると隣町へ行くより東京へ行く方が速い。と言うことも。
 地方は東京のマスコミが報道しているより疲弊しまくってますね。


切れ込み✲隊長
そもそも、北陸新幹線なんて需要あるんですか東京に?無いじゃないですか。わざわざ高いカネ出して新幹線に乗って、北陸くんだりにまで行く理由は無いじゃないですか。

精々、日本海の海の幸を...雪山でスキーを...なんてのが関の山でしょうが、言うてしまえば海の幸なんか房総で十分やし、スキーなんざ長野で十分なので。

要はそういうことで、この新幹線は北陸の人の為のもので、あくまで一方通行的なモノだということを我々は理解するべきです。


トルファン
自転車師
糸魚川駅前をうろついていて思ったのですが、新幹線開通によってどうなろうとしているのかなと。
残念ながら糸魚川には歴史的な遺跡みたいなものがあるわけでもないし、
町そのものにも歴史があるわけでもないですし、
駅前通を海に向かって歩くとわかるのですが、突き当たりの海岸は高い防波堤とテトラポットの連続です。
しいてあげるなら、素敵なローカル線の乗換駅であるというだけで、糸魚川で下車するという選択肢はなかなか見つけられません。
糸魚川には大変申し訳ないのですが、我々があえて糸魚川に行って下車するという状況はちょっと生まれにくいのではと思います。
すなわち、観光に頼るだけのみるべきものがないということです。
結局、糸魚川の人が都会へ出て行くための手段にしかならないのかなあと思ってしまいました。


トルファン
隊長殿
おっしゃるとおりだと思いますね。北陸の美味しいものって、今ではわざわざ現地へ行かなくても東京で食べることができますからねえ。
寒ブリ、ホタルイカなどなど。
食べ物だけではさすがに東京の人間を北陸へは呼び込めないです。
はたして東京の人を呼び込むためのものが今の北陸にあるのか、
やはり疑問に感じてしまいますね。
新青森まで開通した東北新幹線によって地元がどれだけ活性化したのか、
やはり検証していくことで北陸の諸都市の生き残る道がわかってくるのではと思います。


切れ込み🌠隊長
糸魚川の人こそ、こんなトコに東京人が来るワケねぇっぺと思ってんじゃないですかね。だからそもそもはあの辺の人らが東京へ行くの為に作ったモノだと思うんですよ。

今では、NHKですら金沢の特集するほどのテコの入れ様ですけど、金沢ですら新幹線に乗っていくほどのモノかと思いますよね。六義園と上野公園、浅草行くのほうがかえってイパンクトあるんじゃないかと思うんですけどね。

費用対効果から言ってもですよ、金沢を活性化させたいのなら、金沢空港を活用したほうがいいんじゃないかと思うわけです。って、ほうら、小生の今の発言に即座に突っ込める人がどんだけいるのやらw そんだけ知名度低いんじゃないですかね?

いやマジで、もしも金沢が人を呼び込みたいのなら、もっと空のアクセスを充実させるべきだと思います。それは、空の便を増やしてオシマイ、という能無しじゃあダメです。キモは、空港に着いた後の諸都市へのアクセスを改善するんですよ。

日本人にとって空の旅てのはなじみの薄い物かもしれませんが、空港爆誕ラッシュの中国を経験したの小生にはよくわかるのですが、空港が一つできるというのは非常に大きなインパクトがあるんですよ。空港というのは、大きな雇用を生むものです。地元に就業人口が増えるわけです、老齢者が増えるのとはワケが違うのですから、経済的にそれ以上の波及効果が強く期待できることになります。

そして徐々にですが、遠方からの利用客が増えて来ますが、彼らをリピータに取り込むには、絶対的に空港に「着くまで」より「着いてから」が重要なんですよ。福岡や大連の評価が総じて高いのは、空港の存在無しには語れないと思います。

尚且つ、新幹線を呼び込むのではなく小松空港を活用するの利点は、相手が東京だけじゃあなくなることですよ。それは九州かもしれないし、神戸かもしれない。そもそも羽田から小松なんて一時間で着くんですから、LCCで十分もイイトコなんですよ。そもそもJALやANAに高いカネ払う必要なんかなかったんです。日本だけじゃあなく、上海でもソウルでも、大連でも北京でもいいし、香港でも台北をも相手にできる可能性が、空港にはあるじゃないですか。

そもそも新幹線と決定的に違うのは、既に金沢圏にはイイ空港があるということです。あとは交通網を整備すればいいだけの話なワケですから、あらためて1兆何千億も出すの新幹線よりは、全然マシだとバカでも分かりそうなもんだと小生は思うんですけどね。


自転車小僧
>隊長ドノ
おっしゃる通り、空の便へのアクセスというのも重要なポイントですね。
金沢空港(小松空港)って金沢から結構離れていて交通の便も良くないんですよ。せっかく羽田から小松まで1時間ちょいで行ったとしてもバスで金沢までさらに同じくらい時間がかかる。そうなるとやっぱり新幹線で直接金沢ってなってしまうと思うんです。
金沢に限らず地方空港は市街地からかなり離れた場所で中心部へのアクセスがバスしかないってのが多いです。飛行機で行ってさらにバス、中心部に行ってさらに乗換となると旅行にしろ、仕事にしろ時間が読めないってのがネックになってくるかと…。特に地方の場合中心部に入っても移動がバスかタクシーと言うところも多いですから…。
それにトルファン兄ぃのおっしゃる通り、北陸新幹線にしろ北海道新幹線にしろ地方⇒東京の一方通行にしかならないと思うんです。それを一番実感したのが以前訪れた長野。長野市内もそこそこ大きな商業施設や飲食店もあるんですが、どこもあまり人が入っていないんです。で、地元のタウン誌やラジオ、新聞なんか見聞きしてますと、何でもかんでも東京、なんですよ。地元のパーソナリティがやっているラジオ番組でも地元の話題そっちのけで、渋谷が、新宿が、なんです。新幹線で1時間半!って。
地元の人が地元の情報より東京の情報のことを良く知っている。地元より東京、と言う刷り込みができあがってしまっている。と言う悲しい現状を目の当たりにしてしまいました。
再び、北陸新幹線の話に戻りますが、石川県、特に金沢圏は北陸の首都、と言う変なプライドがあるので阪神圏、中京圏には目もくれないんです。東京首都圏の次に金沢、と思っているんです。だからJR西日本管内でも金沢支社は異質な存在で関西圏より首都圏にしか目が向いていない。富山とか福井とかは特急一本で行ける関西圏に目が向いているのに金沢圏が強すぎてそれに従わざるを得ない。北陸新幹線の大阪延伸の話も特に福井県は切望しているのですが、金沢支社が良い返事をしないので進まないという面も。
こちらの地元新聞の記事で、富山で婦人服を扱っている店や食料品関連の店が廃業していっているというのがありました。
というのは、サンダーバードの始発に乗れば朝9時過ぎには大阪に着くことができる。大阪で仕入れをしてその日の内に地元に戻ることができたが、北陸新幹線が開通したことで新幹線の始発に乗って、金沢でサンダーバードに乗り換えて、となると大阪に着くのがお昼すぎになってしまい、仕入れをして地元に戻るには新幹線の最終に間に合うように今までより早く出る必要がある。泊まりになると一日店を閉めないといけないし費用もかさむ。かと言って仕入先を東京にしようとすると新たに仕入先を開拓しないといけない。と店を続けるための負担が増えるばかりな上に客がどんどん東京へ出てしまうと悪循環が続くのが予想されるので結局閉店、廃業にしてしまうということだそうです。一応県庁所在地の富山ですらそういう状況ですから糸魚川や直江津なんて地方都市は推して知るべしです。


トルファン
隊長殿・自転車師
なんだか下世話な話になりそうなんですけど、
結局、新幹線建設って、完成するまでが美味しいだけなのではと思いますね。
いわゆる土木屋さん達が潤うという話じゃないですか。
確かに大量輸送という点では新幹線はいいかもしれないけど、
東北新幹線もそうですし北陸新幹線もそうですが、
大都市と大都市を結ぶ鉄道ではないですから、
東京中心の構図というのはまったく変わらないわけで。
本来、地方創生とかいうのであれば、
地方がどう生き残るかという視点で考えなくてはいけないわけです。
ですから、金沢や富山・長野にいかに東京などを経由せずに、
ダイレクトで行けるかということを考えなくてはいけないはずなんです。
だから、空の便というアクセスをもっと大切にしなくてはいけないはずです。
もし、どうしても北陸へ新幹線を通すのであれば、
わたし的には名古屋から高山経由の路線を考えるべきだったと思うんですよね。
それにしても、小松空港のアクセスの悪さはいかんともし難いです。
アクセス快速なんか作れないですかね。


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久しぶりに鉄道を乗りまくりました。
前回は10月に各駅停車会津の旅でしたが、
廃止される特急に会いに行ってきました。

北へ1

最初にこれに乗りました。
けっこうスーツ姿のサラリーマンが多かったのにはびっくりでした。

北へ2

続いて乗ったのがこれ。
線路のトラブルとかで入線が45分も遅れました。
さすが豪雪地帯ですね、構内は雪また雪。
意外とさらさら雪でした。

北へ3

海側の街で下車したのですが、
ほとんど街の中に雪はありませんでした。
同じ県内なのにこの落差はすごい。
そして、昼下がりのあまりの駅前の静けさにこれまた驚き。
来月新幹線が停車する駅とは思えないくらいです。

北へ4

右の列車に乗り換えまして、
今度は帰るべく南下します。

北へ5

そして、開業前の北陸新幹線の車両に乗って、
東京に戻ってきました。
平日とはいえ、すでにこの時間、駅弁は売られておらず、
車内販売に期待するしかありませんでした。
北陸新幹線の開業に合わせて、
駅全体が改装中だったこともあるんですが、
それにしても、いつ来てもこの駅のホームは静かだなあ。

というわけで、12時間ほどで帰ってきました。


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【2015/02/18 18:36】 | 鉄道に乗る
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切れ込み☄隊長
さすが乗り鉄、あれは二代目の乗り鉄としての正装なんですかね、ネクタイ〆てコートを着て新幹線の駅を闊歩するの図。カックイーッ!!


トルファン
あたしの正装は、トレーナー上下にユニクロのウルトラダウンです。なにしろ、一人で行くんではないので、w。

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